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R.I.P. Steve Jobs

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アップルと私の付き合いは、1991年から始まった。
ニューヨーク支社で支給されたマッキントッシュ・クラシックIIが最初の出会いだ。

とても可愛くて、頬擦りをしたくなるほどだった。カバーをガバッと開けると、内側に複数の製造者のハンドライティングのサイン(エンボス)が書かれている値打ちものだ。

ダイヤルアップ回線のインターネット(AOL)に接続し、様々なウェッブサイトを見ながら、このコンピューターから世界と繋がっているような気がした。

他のスタッフは早々と帰ったあとの誰もいないイーストビレッジのオフィスで、私はキリン・ビールのTVコマーシャルの見積書を書いていた。

窓の外は雪。どうやら積もりそうな勢いだ。誰かが近くでサックスの練習をしている。いや、このスゥイングはプロのストリート・ミュージシャンかも知れない。

どうしてニューヨーク時代のことを、こんなに鮮明に思い出せるのだろう?まるで、昨日のことのように。



彼の悲報をラジオのニュースで聞いて、すぐに彼が作った名器「クラシックII」のことを思い出したのだ。

天才は、思う存分に生きた。
そしていい時に死んだのだ。
ジョン・レノンのように。

スティーブ・ジョブス。
私は、あなたからのメッセージ
「Think Different」を大切に
そして自分も
常にユニークでありたいと思っている。
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by clairvoyant1000 | 2011-10-07 07:14 | filler

困っているひと

大野更紗は、自分の身体を愛おしく思っているに違いない。だから、自殺をギャグとして書くことができるのだ。

彼女は、ひとに読んで貰いたいから書いたのではない。その文章は書かれたがっていた。そして、書かずにはいられなかったから書いたのだろう。


#100:書くゆえに我あり
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by clairvoyant1000 | 2011-08-29 12:20 | filler

ちいさな哲学者たち



いまにして思えば、人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ気がする。そして、大人になるにしたがい、失っていくものがあるということも。
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by clairvoyant1000 | 2011-08-19 12:24 | filler

服を脱ぐこと

おそらく彼は、服ではなく他の「何か」を脱ぎ去りたかったのではないだろうか。たとえば、自分を覆っている虚像のイメージとか。うがった見方をすれば、「裸の自分」をさらけだしたかったのかもしれない。

本来、「タレント」とは、才能を持った人を指す言葉のはずだが、マスメディアを賑わす程度でそう呼ばれていることには違和感を覚える。

私は、日本の離島でTVも新聞もない生活をかれこれ2年続けており、自分に必要な情報はネット上から取捨選択しているけれど、それでもこの程度の事件(?)がかまびすしく伝わってくることに呆れてしまう。日本はいまだに村社会から脱皮できていないようである。

蛇足ながら、どうせ謝罪会見をするのなら、『僕は、裸一貫から出直します』と洒落でも効かせれば芸能人として一皮むけたはず。しかし、その一歩を踏み出せないところが彼のジレンマであり、その程度のノンタレントということなのだろう。
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by clairvoyant1000 | 2009-04-26 18:39 | filler

新たな再スタート

3年以上に渡ってパブリックなサイトに書かせていただいたブログ(Perception Gap)も、昨年の12月で最終回を迎えた。これからは、この「千里の眼」を下書き用としつつも、新たな個人ブログで引き続き「認識の違い」について書いていこうと思っている。
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by clairvoyant1000 | 2009-01-08 22:29 | filler

#149:最終回

1990年の末にニューヨークに渡って半年間は単身赴任だった。

57ストリートに面した高層アパートの23階。家財道具がまだ届かないがらんとした部屋でひとりだけのクリスマス(私の誕生日)を迎えた。広い道を挟んで向かい側のアパートのペントハウスには、「昔、マリリンモンローが住んでいた」と不動産ブローカーが教えてくれた。

大きな窓を開けると、街の騒音と一緒に、下から雪が舞い上がってきた。
『ホワイト・クリスマスだ!』と私は小躍りした。

あのときの街の騒音
ビル群にこだまする喧騒の反響音
グレーの空、乾いた空気、そして街のにおいもすべて覚えている。

あの日から私のニューヨーク生活が始まった。
すべてが映画のワンシーンのようだった。

いまでも、マンハッタンのどこの路地を曲がれば「何」があるかも知っている。あそこに行けば、その人にも会えるということも。

   ◆   

80年代に私が勤めていた日本のプロダクションは家庭的で居心地のいい会社だった。妻も会社で見つけた。総務部で働いていた会社のアイドルだった。いわゆる社内結婚である。この会社に一生を捧げてもいいと思った時期もある。

しかし、バブル経済の絶頂期、ニューヨーク支社への出向を社長に直訴したのは、居心地が良すぎてぬるま湯のような環境に耐えられなくなったからだ。言ってみれば、「ぬるい風呂」(日本の広告)から飛び出して「熱いシャワー」(米国のマーケティング)を浴びてみたくなったから。

日本経済のバブル崩壊と同時に従来の広告システムが立ち行かなくなるということを予感してイバラの道を選んだのは、私の本能によるものである。

   ◆   

これを読んでいる私よりも若い人に最後に伝えたいことは、
「それ」を感じたときこそ行動するべきだということ。
ただし、犠牲も覚悟しなければならない。

仕事がすべてではない。
家族がすべてでもない。
人は、ひとりで生まれ、ひとりで死んでいく。
それが人生である。

私はいま、ささやかながらこころ豊かで穏やかな生活を送っている。
いくらお金があっても得ることのできないものを得たような気持ちだ。


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「ないものを数えず、あるものを数えて生きていく」そういう心境に至ることができた自分が嬉しい。

南側の窓からは穏やかな海が広がり、東側の窓には森の木々がそびえている。石垣まじりの竹薮がある北の縁側は静寂を感じさせ、私にとっては龍安寺の庭である。

いま、あられが降ってきた。かとおもうと、日差しがこぼれ青空が広がり、また、あられが降ってくる。こんな自然に囲まれた静かな部屋で、猫を膝に乗せながら最後のブログをここで書き終えることにする。

お知らせ:つたない文章にお付き合いいただいた数少ないサブスクライバーの方々、いままで有難うございました。今後は、Perception Gap(認識の違い)として個人のブログで更新を続けて参ります。
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by clairvoyant1000 | 2008-12-27 18:42 | filler

#148:レイオフされたひとへ

世界同時リセッションによって、日本でも雇用問題が世間を騒がせている。

a0003694_14422732.jpgTVをまったく見ない私でも、ネット・ニュースのヘッドラインと、ストリーミングのNHKラジオ・ニュースで、いま起こっている大筋のことは把握している。

おそらく大方の報道は、「派遣社員が被害者で気の毒」という視点での論調だろう。マス・メディアが弱い者の味方を装うのは、それが一番無難なスタンスだからだ。

しかし、ちょっと前までの輸出需要で莫大な内部留保があるにもかかわらず、「百年危機」にこれ幸いと便乗し、株価対策を優先させて従業員を解雇している企業についてはろくな取材も報道もしない。それはそうだ。マス・メディアは、そんな大手企業の広告費で賄われているのだ。これらの企業が「エクセレント・カンパニー」などと呼ばれていることもオカシイ。

偏った情報を垂れ流している「マスかきメディア」に所属する人も、いずれ解雇の憂き目を見るであろうことは、米国をみれば分かる。昨今では、金融関係についでメディア関係のレイオフも増えており、たとえばビジネス・ウィークの発行元であるマクグロウ・ヒルは既に270人を、タイム社も600人の解雇を予定しているという。

広告収入が激減している日本の新聞社やTV局が社員を解雇する際に、どのような報道がなされるのだろう。マス・メディアからレイオフされた当事者とメディア企業とのパーセプション・ギャップが公に晒されることで、日本が抱えている雇用問題というものが浮き彫りにされるかもしれない。



会社を解雇された人に伝えたい。
これを、自立する良いきっかけが与えられたと発想を転換して、違う一歩を踏み出すのはどうだろう。自分を見つめ直し、新たなことに挑戦したり起業したりするのに歳は関係ない。

「派遣労働法」が槍玉に挙がっているけれど、この制度を奴隷制度と取るか、働き方の選択肢ととるかは、その人の意識で決まるのではないだろうか。

うだつのあがらない「会社人間」が得ることのできないチャンスがあなたの目前に開けている。自分を必要としていない会社にすがってまで働く必要はない。あなたの人生はその程度のものではないはずだ、と。

働く場所など探せばいくらでもあるものだ。
たとえば私が携わっている第一次産業は日本の食の自給率を高めるのにも役立つし、素晴らしい体験が得られる。

まさしくいまの日本は「カオス」である。

先の見通しは立たなくても、混沌の中から自分自身の眼で先を見通すことが重要なのだ。
奴隷社員が多数を占める日本社会で、企業にコンプライアンスを求めるのはまだ早い。

しかし、来年は政権交代が現実のものとなる。陪審裁判が始まり、日本国民の意識にも変化が起こる。
そんなことの積み重ねによって企業は変わり、日本も変わっていくだろう。

私には、ゆっくりだけれども民主化への小さな足音が聞こえる。
来年は面白く、文字通りの「新しい年」になるはずだ。
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by clairvoyant1000 | 2008-12-26 18:43 | filler

#147:Season's Greetings


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by clairvoyant1000 | 2008-12-25 18:45 | filler

#146:靴を投げる記者

12月14日。バグダッドを訪問したブッシュ米大統領が、共同記者会見中にイラク人記者から靴を投げつけられるハプニングがあった。この記者は先ず、「イラク人からの別れのキスだ。イヌめ」と叫んで最初の靴を投げた。




続いて「これは夫を失った女性や孤児、イラクで命を失ったすべての人たちのためだ」と言って、履いていた左右の靴を次々と投げつけた。(注:隣のマリキ・イラク首相と比べてブッシュ大統領の機敏なこと!)
本人が2つともうまくよけたことに刺激され、ネットにはブッシュ大統領に靴を投げつけるゲームがいくつもアップされた。以下がそのひとつのフラッシュ・ゲーム


a0003694_18431523.jpg30秒間に35回もぶつけたツワモノもおり、私が見た段階ですでに、5200万回もブッシュ大統領に命中していた。(ちなみに私の5回分も含まれている)

ブッシュ大統領は、投げ付けられた靴について「かわすことは得意なんだ。お気付きかと思うが、君たちの質問もね」と同行記者団に冗談を飛ばし、当局は「事実関係を述べるなら、靴のサイズは10だった」とそれを受けた。

大人の世界である。

※追記:記者がもし有罪になれば最高7年の禁固刑になるらしいが、それはあり得ないだろう。イラク人記者に言いたいのは、フセイン時代に同じことができたかということだ。やっていれば死刑だったかもしれないのだから。
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by clairvoyant1000 | 2008-12-20 18:46 | filler

#145:身体で考える

先輩漁師は、ロープの結び方も風を読むのも身体で覚えろという。そんなことを言われても、経験が乏しい新米の私は、まず頭で考えなければ無理だと思っていた。

しかし、『身体で覚える』というのはなかなか意味深い言葉である。漁師のきつい一日の仕事が終われば家に帰り、飯を食べ、風呂に入り、あとは寝るだけ。他にないのは、私の身体がいうことを聞かないから。

ブログに書きたいことは湧き出てくるほど新しい発見があるのに、キーボードを打つ気になれないのは、私の手の指が他人のそれに思えるほど麻痺して動かないからだ。その日の重労働を精一杯こなした我が手を見ると、皮膚はふやけ、荒れて皮がむけ、豆と擦り傷ができ、爪の先には黒い泥が染み付いている。

卑近な例を挙げれば、鼻クソをほじろうとしても鼻の穴に入らないほど指が太くなっている。けして、鼻の穴が小さくなっているのではない。慣れ親しんだ私のきゃしゃな手が、「漁師の手」になりつつあるのだ。

そんな些細な、しかしなんとも言えない達成感が日々の辛いことを払拭してくれる。仕事の後の飯は美味しく、風呂が有難いと感じる。寝床に入れば、眠りにつくのに1秒とかからない。(計ったことはないが)

これが身体を使うということだと、私の身体が教えてくれる。ちょうど、自分の頭と身体とが対話している感じだ。「健康」とはこういうことなのだと思う。

自然を相手にするということは、身体を使うということであり、こうした日々の作業を続けることで、体が覚えて頭を支え、それによって考え方が変わる。都会に住んでいては分からないことが分かってくる。

養老猛司氏は、『都会が頭だとしたら、田舎は身体である』と言った。都会に住む者が田舎者をバカにするとすれば、それは頭が身体をバカにしているのと同じだと。

私はいま、人口2400人ほどの離島に住んでいる。しかも、TV電波が届かないほどのド田舎だ。私は東京の下町で三代続いた江戸っ子である。(亡き父が若い頃は東京湾で漁師をやっていた)。初めての引越しがニューヨーク。そのマンハッタンのアッパーイーストサイドで17年間暮らしていたから、都会生活というものはよく知っているつもりだ。

日本の都会というところに住んで「シティ・ライフ」を気取っている者がどれほど洗練されているか知らないが、身体を使わず、栄養たっぷりで太りすぎて困っている都会人にはなりたくない。

環境問題というものがあるとすれば、それは田舎か都会かということではない。われわれの生き方に対する考え方の問題であり、それが分からない都会人こそがモンダイの根源である。

私が漁師を志すに至ったのも、自分の身体を使って自然と向き合いたいという思いが募った結果だ。
まさに、「50にして49年の非を知り、我が天命を知る」である。
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by clairvoyant1000 | 2008-11-30 18:49 | filler