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ゼロリスク神話の崩壊


原発事故で突然降ってわいた「放射線」というものに、日本全国が大騒ぎをしている。この日本社会にリスクなど無いと信じていた人々にとっては青天のへきれきだろう。

政府や御用機関は、昔から「原発は安全です」と言いつづけてきたし、統治権力を疑いたくない日本国民はその「自明性」を要求し、マス・メディアはその自明性の流れに乗り、マス・メディアに左右され易いナイーブな日本人はリスクを見て見ぬ振りをする。この悪循環によって、『原発は危険だ』という声は抹殺され、あるはずのリスクが日本では見えにくくなっていったのだ。

この期に及んでも、政府は国民に対して危険か安全かという客観的な事実よりも、国民の「安心」(個々の主観)を最重要課題とせんがために事実を歪曲して知らせている。が、それも仕方ないだろう。なぜなら、リスクは無いものと思い込まされてきた日本国民(=ゼロリスク症候群)に危険な事実を知らせれば国中にパニックが起きかねないから。


私が米国に住んでいた90年代、たまに日本に帰った際の違和感はとても面白い体験だった。たとえば、BSE騒動による「全頭検査」や、街中に氾濫していた「抗菌グッズ」。長いあいだ日本から離れて暮らしたことのない人には分からないもしれないが、私にとっては新鮮な驚きであった。日本人というのはこんなにも潔癖症だったのかと呆れもした。

リスクとは関係ないけれど、小室某の軽薄でチープな音楽が一世を風靡していた時には、『日本の稚拙化もここ極まれり』と思ったものだ。その後、詐欺罪で逮捕されたようだが、彼は世間に持て囃されて自分を見失い、なにか勘違いをしてしまったのではないかと思う。彼は日本社会のファディズムの波に飲み込まれてしまったのだろう。

そう。日本国民は何かに対して「それ一色」に急激に染まるけれど、時間が経つとそんなものは無かったかのようにすっかり忘れ去る(まるで大津波のような)「ファディズム」の傾向がある。全頭検査しかり、抗菌グッズしかり。そうしてみると、今回の放射線に対しても過剰反応するべきではないと私自身は思い始めている。というのも、リスクマネジメントの専門家の意見を知ったから。

被ばくのリスクというのは、一言でいえば「がん死亡率」の上昇だという。200ミリシーベルトの被ばくで、がん死亡率は最大1%程度上昇する可能性があると考えられている。また、100ミリシーベルト以下の放射線被ばくのリスクは、他の生活習慣の中に埋もれ、リスクを高めるかどうかを検証することができないとされている。

身の回りの「がん死亡率を高める」リスク比較で、例えば野菜(がん予防の効果あり)を嫌いな人の発がんリスクは、時間当りの相当被暴として100mSv(毎時ミリシーベルト)。ほかに、ふだんの生活でも以下のように被爆している計算になるようだ。
・受動喫煙:100mSv/h
・肥満や運動不足、塩分摂り過ぎ:200~500mSv/h
・喫煙、毎日3合以上のお酒:2,000mSv/h

喫煙や飲酒など、自ら選択するリスクといえる一方、原発事故に伴う放射線被ばくは、自分の意志とは関係ない降ってわいたリスクである。とはいえ、このようなデータを見るかぎり神経質になる必要はなさそうだ。

リスクマネジメントの専門家はいいことを言っていた。
「ゼロリスク神話」は崩壊した。しかし、今回の原発事故は、私たちが「リスクに満ちた限りある時間」を生きていることに気づかせてくれたとも言える。たとえば、がんになって人生が深まったと語る人が多いように、リスクを見つめ今を大切に生きることが、人生を豊かにするのだと思う。日本人が、この試練をプラスに変えていけることを切に望む。

原発推進派の意見に耳を貸すつもりは無いが、このような姿勢でリスクに対峙することは必要だと思った。そして、この期を境に「安全」と「安心」を無頓着に繋げて使うゼロリスク症候群の人が減ることを私は切に願っている。

安心なら安全か?
安心と安全を繋げるな!

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by clairvoyant1000 | 2011-06-07 23:58 | 3)戸惑いとsurprise

#102:主役は要らない

フクダ総理大臣の年頭記者会見をラジオで聴いた。
『これまでの政治と行政のあり方を打破するために発想をおおきく変え、今年を生活者と消費者が主役へと転換するスタートの年にしたい』云々と。

ちょっとおかしいと思った。
『お客様は神様です』などと言いながら、裏で舌を出している企業や、かつて『官から民』という、聞こえは良いが馬鹿げたフレーズも同じ次元である。

生活者や消費者が主役になるほどの自己責任をとる必要はないし、そこまで権利を主張するつもりもないはずだ。まして、行政が脇役になるなどあり得ない。それは、コイズミのようなトリック・スターでも壊すことが出来なかったこと。

いま政治に求められているのは、官尊民卑の文化から脱皮し、「官」と「民」のフェアな社会をどう築くか主導することだ。

日本で格差社会論争たけなわなのも、いまだかつて日本になかったフェアな概念が求められている兆候ではないかと私は見ている。

それでは「フェア」とはどういうものか?

CHAOS.jpg

米国は格差社会である。
ビリオネアからホームレスまで、日本とは比べものにならないほど格差がはっきりしている。しかし、米国には独特の開放感がある。一人ひとりが幸福を感じながら生きられる自由な社会がある。夢のサイズは別にして、アメリカン・ドリームを追いかけられる社会が存在している。米国人が自己主張するのも、「フェアな環境」なればこそであり、たとえその主張が受け入れられなくても納得できるのだ。もしかすると、個人が自己主張するからフェアネスが必要になったのかもしれない。

日本はどうだろう?

CONTROL2.jpg

生活の格差以前に、官尊民卑というとてつもない社会的格差とそれを組み込んでいる共同体主義による抑圧的な社会ができあがっている。その村社会のシステムを温存したまま、米国の市場原理主義を取り入れたものだから様々な歪が生じてきたのだ。自分の幸せを追求することが難しくなり、居心地の悪さが蔓延しているとすれば、そのギャップが原因ではないだろうか。

日本人が作り上げた官尊民卑という素晴らしくも愚かしい文化は、フクダであろうが誰であろうが、現政権のうちはどうあがいても崩すことができないシステムである。

さて、今年は米国の大統領選挙の年。私は民主党が勝利すると確信している。なぜなら「それが米国だから」としか言いようがない。そして、政権交代によって官僚を総入れ替えし、新たな米国に変化することだろう。

フェアという言葉の意味が日本社会に浸透すれば、もう少し住みやすい国になると思う。

関連#16:GAPを利用した人
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by clairvoyant1000 | 2008-01-04 09:15 | 3)戸惑いとsurprise

反リサイクル法

やはり消え去った、『反リサイクル法』

※家電業界のロビー活動によって実施されたPSE法だったが、あえなく尻すぼみに終わったようである。

2006年5月1日のブログ(再)

4月より施行されたPSE法が日本で問題になっているという。

「電気製品による危険及び障害の発生を防止すること」を目的としているようだが、対象電気製品を修理する際には事業者登録が必要になり、検査等のコストがかかる事から修理を扱う事業者は激減し、修理の行えない電気製品は使い捨てされるだろう。
 
「PSE」という訳の分からないアルファベットを並べるよりも「反リサイクル法」とでも言った方が的を射ている。
  
1800gotjunk.jpgそんなニュースの後に、カナダの廃品回収業のベンチャー*1800-GOT JUNKが、北米で急速にフランチャイズ展開していることを知った。
 
16年前に19歳だったスクーダモア氏(CEO)は、550ドルでトラックを購入してひとりで始めた廃品回収業が発展し、今年の売り上げは1億300万カナダドルを見込むまでとなり、12年には10億ドルに増加すると予想されている。
  
彼にとって、捨てられた廃品は宝の山であり、価値のある古本、家具、楽器などが見つかるという。そのなかには、修理すれば充分に使える家電製品もきっとあるはずだ。
   
じつは私も、近く日本のマンションを引き払うために、日本に帰って家財道具一式を処分しなければならないので、頭を悩ませている。厄介なのは、洗濯機、冷蔵庫、TV、PCなどどれも5年以上経った古い家電製品だ。恐らくリサイクル・ショップでも金を払わないと持って行ってくれないだろう。米国であれば1800-GOT JUNKや、スリフト・ショップで有効に処分できるのだが、反リサイクル法のような法律が蔓延る国では、それもままならないのが残念である。
  
『もったいない』という、我々の両親以前の人たちが築き上げてくれた日本の文化はいったい何処にいってしまったのだろうか?
  
*ベンチャーがビジネスを世に名を知らしめる手段として、社名とURLとトールフリー(フリーダイヤル)を共通させるロゴナンバーを使うのはベストな方法。彼が「1800-GOT JUNK」の名前を使ったフランチャイズ方式の営業を思い付いた際、この電話番号(1800-468 5865)を所有していたアイダホの州政府機関から苦労して手に入れたという。
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by clairvoyant1000 | 2007-09-12 01:12 | 3)戸惑いとsurprise

好き嫌いはいけません?

このふたつのスーパー・マーケットのチラシを見てほしい。

PCの中の古い写真ホルダーを整理して見つけたのだが、2000年のニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたものをである。左のチラシはマンハッタンで一般的なスーパー・マーケット「GRISTEDE'S」である。そして右のチラシだが、ちょっとヘンな商品ばかリが並んでいるのがお気づきだろうか?
a0003694_13573880.jpg

臭くない魚、カフェイン含有オレンジ、ハム&チーズ、マルチ・ビタミンのラム、長持ちレタス、バイアグラ豆、イブプロフェン・トマト、骨なしウサギ、ピンク・バナナ、プロテイン・ポテト、スーパー・ジャンボ・エッグ、長方形キュウリ…。

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by clairvoyant1000 | 2007-07-14 13:25 | 3)戸惑いとsurprise

お節介と甘えん坊

今度はウォームビズだという。寒い冬は、厚着をして暖房費を節約しようという当たり前のことだ。私は昨年からブログ(暑がりの愚痴暖房はサービス? )に書いてきたし、日本の暖房温度が必要以上に高いと感じていた。

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by clairvoyant1000 | 2005-09-01 09:27 | 3)戸惑いとsurprise

キッカケは民主党

「日本にはデモクラシーが根付いていない」と書いてもピンとこない人が多いようだ。しかし、陪審員制度もなければ海外からの参政権も整っていない先進国など他にはない。もっとも日本が「先進国」ならばの話しだが…。まっとうな民意が反映されずもどかしい日本だが、いまがその変わり目だからこそ政治のカオスが起こっている。民主化のキッカケは、民主党による政権交代しかないだろう。

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by clairvoyant1000 | 2005-08-24 18:53 | 3)戸惑いとsurprise

破壊者の小泉は創造者にはなれない

a0003694_1212885.jpg戦後60年という節目の年に行われる今回の衆議院選挙。結果次第では日本の歴史に残ると思う。それは、小泉改革などという詭弁に依るものではなく、「日本の民主主義が問われている選挙」だと私は確信するからだ。ハッキリ言えるのは、改革は時代の趨勢であり、小泉自民党が推進しているのではないということ。小泉は自民党の「延命装置」であり、時代にぶら下がっているだけだ。改革への信念はなく、破壊者としての自分の権力に酔いしれているだけなのだ。

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by clairvoyant1000 | 2005-08-18 12:06 | 3)戸惑いとsurprise

この国民にしてこの首相

a0003694_23433795.jpgその男は「国債30兆円枠を守る」といっておきながら2年目には反故にし「この程度の公約を守れなかったことは大したことではない」と言った。

その男は「自衛隊の活動地域が非戦闘地域である」と国会でうそぶいた。そしてその男は、「靖国神社にはいかなる批判があろうとも8月15日に必ず参杯します!」と言っておきながら、いまだに実現させていない。

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by clairvoyant1000 | 2005-08-15 23:58 | 3)戸惑いとsurprise

魚が出てきた日

a0003694_10545998.jpg魚が出てきた日」(1967年:脚本/監督/製作/マイケル・カコヤニス)は、好きな映画である。ギリシャの孤島に水爆を搭載した飛行機が墜落する。(中略)迫りくる脅威を知らず、島に押し寄せる観光客。そして、無邪気に踊り狂う人々…。

私は、小泉自民党を応援する人々にこの姿をダブらせてしまう。自分の頭で考えず、声の大きな人についていくのは楽だろう。周りの「雰囲気」に同調すれば間違いないと思っているのかも知れない。『言っていることが分かり易い』とか、『首尾一貫している』とかそんなレベルで指示するのはいい加減に止めたらどうか?小泉人気にぶら下がって政権与党にいられれば法案の中身などどうでも良いという自公議員がどれだけ多いことか。

今回の選挙戦で問われているのは、「小泉政権」でもなければ「行財政改革」でもない、ましてや「郵政民営化法案」なんかでもない。我々「有権者自身の質」が問われているのだ。変人総理も、阿呆閣僚も、宗教政党も、悪徳議員も、馬鹿2世議員も、結局はそれらを選んだ有権者が支えることになるのだから。

どんちゃん騒ぎのあと、死んだ魚が大量に海に浮かぶ光景だけは見たくない。
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by clairvoyant1000 | 2005-08-12 11:02 | 3)戸惑いとsurprise

優秀なタレントは海外を目指せ!

a0003694_112545.jpg中村修二氏(CA大サンタバーバラ校教授)が、学会出席のために来日中だとラジオで知った。J-WAVEのインタビューに応えていた彼の意見にただただ頷くのみだ。会話の中で印象に残ったのは、「利益考慮」という日本の裁判用語。私は、裁判とは米国のように公平と正義が貫かれるべきだと思っているが、日本では、企業と個人と「どちらが社会の利益になるかを判断する」ものらしい。(その視点でも、本判決は間違っているが) 国民主権とは名ばかりで不条理な判決を下す日本の司法制度は、腐っているのではなく未成熟なのだ。金額の多寡よりも、日本の技術者のモチベーションを下げた判ケツの代償はとても大きかったと数十年経って分かるだろう。

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by clairvoyant1000 | 2005-08-03 12:04 | 3)戸惑いとsurprise