「ウォークマン」の素晴らしさは、開発した黒木氏の発想力や、それを実現させたSONYの社風もさることながら、誰もが思いもよらなかった「文化」を生み、世界に広めたことではないだろうか。
私がプロダクションに入社した駆け出しの1979年、過酷な仕事がたたって身体を壊し、約1ヶ月の入院を余儀なくされた。その病室のベッドで暇を紛らわせてくれたのがウォークマンだった。
売り出されたばかりの商品は、ワウ・フラッターが気になる不完全な商品にもかかわらず、風景と音楽がシンクロした驚きは新鮮なものだった。
当時、誰も持っていなかった「ヘッドフォン型ステレオ」でお気に入りのイーグルスを聞かせ、見舞いに来てくれた先輩たちを驚かせたものである。
時は流れ、アップルのiPodによって完成の粋に達したかのようにみえる音楽再生デバイスは、場所を選ぶことなく、バッテリーや選曲の煩わしさからも解き放し、イヤフォンで音楽を聞くという文化を定着させた。
あのとき以来、私にその習慣はないけれど、イヤフォンを耳から離せない人は居るようで、きっとそんな人の耳垢はこんなことになっているはず。
エレベーターや満員電車で、横に並んだ人のイヤフォンから漏れ聞こえる音楽によって、不快な思いを経験した人は多いと思う。
そんなときどうやって止めさせるか?
エチケット専門家のアンナ・ポスト氏によると、地下鉄車内でiPodを大音量で聴いていたある乗客は、隣の女性に音を下げるよう要求しても無視された。そこで、漏れ聞こえてくる曲に合わせて歌い出した途端、電源を切ったという例を挙げている。公衆の面前で恥をかかせるとうまくいくかも知れない。
閑話休題
ウォークマンの開発プロジェクトで陣頭指揮をとったとされる
黒木靖夫氏が、7月17日逝去された。
ユニークな人だったらしいが、「SONY」のC.I.プロジェクトにも携わっていたと知り、さらに魅力が深まった。きっと彼は、
コミュニケーションをデザインしていたのだと思う。だからこそ、彼のデザインはカタチではなく文化として残っているのだろう。
私も、「数字の記憶法」(
ロゴナンバー)を日本に広めることができれば、明日死んでもいいとさえ思っている。